2018-06-03

98回ピースボートの旅5月17日~5月26日


2018年5月17日~26日

5月17日(木)
600~ヨガ体操720~健康サルサ体操でした。
私はプールが開いていたので泳ぐことにしました。昼食時だったので泳ぐ人もなく一人で30分程度泳いで、午後の講演を聞きました。下村健一さんは翌日のシンガポールで下船するとのことで、最後の講演でした。
テーマは「政権交代可能な社会の作り方」で民主党政権の挫折を中から見ていてわかったことでした。
民主党政権の樹立の第一歩から崩壊が始まってしまったとの話しで、鳩山総理が第一声で「国民の皆様」とはじまった時から「私たち感」はなくなったといわれています。
幼稚な政権がベテランの政権に挫折することとなった。それを指示した民衆の心が離れ一気に崩壊が始まった。民衆が育て育成する責任があったが生まれてすぐに育児放棄が始まった。
いわれてみれば、「悪いところはいくらでもあげられるが、よかったことを上げられなくなってしまっている」私たちに国民に責任があることも考えるべきと思いました。

野島剛さんの講演は台湾の「環島ブーム」についてでした。
台湾では一周1000キロメートルの島を自転車で数日かけて回るイベントが盛んに行われているとのことでした。自転車メーカーのジャイアント社が全面的にバックアップして、安全に周回できるように面倒を見てくれるようです。日本でも四国や琵琶湖一周、東北一周というブームが起こりそうとのことです。

横浜から一緒したビッキーがシンガポールで下船するというので、ヨガの市橋佳奈子さんと送別会をしました。よく日シンガポールを同行するアベちゃんと同室の鈴木女史が加わって、7名でのパーティとなった。ビッキーは優秀な女性の様で、香港大学を出て国の費用で日本の大学に留学してピースボートのアシスタントのような仕事をしているようです。佳奈ちゃんも前回の90回クルーズの以後、インドで再トレーニングをしてきたようです。6時から始めた宴会も9時を回ったころに栗城さんが寒気を感じたので、明日のシンガポール観光に備えてお開きになりました。波平のおすすめは「塩キャベツ」です。

5月18日(金)
 シンガポール7:00入港、6時より食事がとれたので準備をしていると、自由見学の方は8時前に下船可能との放送が入ったので、アベちゃんと鈴木さんに連絡して出発を早めました。
7;45には出国手続きを済ませ、ターミナルで日本円からシンガポール弗に両替しました。当初4000円のつもりでしたが、5000円出せというので両替すると他の4名はやはり4名で2000円を両替していました。地下鉄の切符を買おうとしていると、一日周遊券の販売があったので20S$で購入しました。そのうち10S弗は5時以降に戻してくれるというので、さっそく全員が購入して、最初の目的地リトルインデアンに向かいました。駅を降りて迷いながらもインド寺にたどり着きハラワタヲ食いちぎるような、鬼の彫刻を見たりしました。
買い物を楽しんで(なんでも3個10S$でスノーボール)、次の観光地に向かいました。イスラムモスクは時間が合わなく断念、近くのスタバでアイスコーヒを飲んで次の目的地のマーライオンに向かいました。マーライオンの近くからベイホテルが見渡せて、口からの噴水を浴びる形で思い思いに記念写真を撮りました。昼過ぎとなったので中華店でチキンチャーハンと高菜の野菜炒めのようなものを食べました。一人当たり2500円相当はちょっと高めでした。
そこで、私はハーバーフロントのターミナルに戻る予定でしたが、ガーデンズ・バイザ・ベイの植物園を見ようとのことで、そこまで行って別行動としました。
午後4時半にターミナルに着いたので、地下鉄の払い戻しをしようとしたら、5時をすぎないとオフィスが開かないとのことで、しばらくスターバックスでお茶を飲みながらWIFIを楽しみました。
5時になってようやくオフイスが開いて、返金を受けましたが、5時前からオーストラリアの人が話しかけてきて、会話を楽しみました。
再度、返金を受けたのでスターバックスに行って10S$を全部使ってコーヒーを飲んでWIFIを楽しみました。お腹もすいてきたので、8時ころに船に戻り遅めの夕食を取りました。エビが3~4本乗ったエビどんぶりでした。向かい側にGETCCというイギリス人の若い女性が座り、スタフに注文しました。そこにはエビドンではなくサラダから始まりスパゲッティーのコースでした。ベジタリアンなのかと聞くと、乗船前に注文が出来るようでベジタリアン料理を食べられるようです。また、左隣に若い女性が座ったので話しかけると、シンガポールから乗船したシンガポール人でした。彼女は英語と、広東語、中文語を流暢に話しかけてきて、私はたどたどしい英語で応戦しましたが、向かいのイギリス人と会話が弾んだようで、その速さについていけなくなってしまいました。食事も終わって、帰船リミットの9時半に近くなってきたので、部屋に戻りましたが、まだ帰ってこなかったので心配して、帰船デッキに行ってみるとちょうど栗城さんと常さんが戻ってきて、彼女たちと途中ではぐれて、大変だったとの話でした。
 その後、シャワーを浴びて寝ましたが栗城さんは声が出なくなり、その後回復までに時間がかかる結果となりました。



5月19日(土)
寄港地の翌日の午前中はヨガ体操もほとんどのイベントもなく、できるのは午後のみんなでサルサでした。起きた時から栗城さんが、喉が痛く声が出ないと訴えていましたが、昼食をリドデッキでとって、私はプールで泳ごうとしましたが、いつまでもネットが張られたままで結局泳ぐことはできませんでした。昼食後も栗城さんの容態は回復せず、午後のサルサダンスも常さんと二人で参加しました。常さんは、自主企画の原稿を整理し、「きれいなバラを咲かせる」寝るときに時差調整のために、1時間ほど時間を遅らせたので、午後7時に就寝することとなりました。

5月20日(日)
  夜中の12時ころに目が覚めましたが、頑張って3時半まで寝ました。朝のヨガの開始時間は6時からで入場は5時50分でした。ところが基隆とシンガポールから乗船してきた中国人が時差調整を間違って、1時間ほど早く会場に来ていました。何とか説明をしたのですが、あわや混乱が起こる可能性もありましたので、担当者は早く来て状況を把握するべきと思いました。
 水先案内人の野嶋剛さんがスリランカで下船するとのことで、最後の講演となりました。テーマは「蒋介石と日本人」ということで面白そうなテーマでしたので3人で聞くことにしました。蒋介石は賛否両論がある中で、彼の日記がアメリカの国防省から公表されたことで、一躍話題となったようです。これほど、私的な日記なので注目されたようです。その後、常さんとDEサルサに参加しましたが、栗城さんは体調が戻らなく昼食時に合流しました。昼食をとっていると、急に船内放送があり、急病人が出たので近くの島によって病人を搬送するとの放送が流れました。船舶の航路を変更するのは初めての体験なので、驚きましたが、常さんの自主企画の申請もあって、見に行くことが出来ませんでした。夕食時に同席した女性からこの船の近くにボートが接近して患者を運ぶ様子を見たいと思って待っていたが、なかなか進まないので食事に来たといっていました。結局私の同室の82歳の加茂さんがスマホでその状況を写したものを見せていただきました。噂によると、インフルエンザの治療にあたっていた、看護師の女性が感染して緊急搬送となったとのことでした。事実かどうかはわかりませんが、今回の旅の始まりの大きなエポックとなりました。

5月21日(月)
 今日も時間調整で1時間ほど遅くヨガ教室が始まるのですが、日本人も含めて多くの人が1時間、間違って集まっていました。日本人は中国人と話が出来なかったので、何も言わずに自分も場所を確保しようとしていましたが、根気強く中国人に説明を繰り返し、日本人も含めて何とか5時50分入場開始を実現できました。栗城さんは目は覚めていましたが、やはり回復していなかったので常さんとヨガに参加しました。朝食にお誘いして4階レストランで粥を食べましたが、やはり食欲がなく、もう一日安静にしていきたいとのことでした。常さんは自主企画申請で、25日の13時から6階のアトランティックという部屋が確保できたので、さっそくに原稿を仕上げに入りました。結果、A43枚で1枚がカラープリントの原稿となり、当日の参加人数を10~15名と考えて、30枚から50枚のプリントとなりそうです。午前中に下準備が終わったので、みんなDEサルサに参加しました、田村さんからは皆勤賞と冷やかされましたが、いまいちスムーズには踊れませんが、キューバに着くまでには何とか習得したいと思っています。
 昼食後、久々にプールに水が張ってあったので常さんとおよぎました、ヨガの佳奈ちゃんがプールサイドにいましたが、まだ昼食をとる人が多く佳奈ちゃんは泳ぎたくないと見物していました。30分ほど泳ぎましたが、揺れがひどくなり水深180センチのプールの水が大波の様になって、ともすると、プールから放り出されそうになったのであきらめて、中止しました。
 原稿を読み直した常さんがもう一度訂正したいというので、パソコンで修正しPEFに変更し最終原稿を作りました。翌日にカラーも使ってプリントすることにしました。
今日も時差訂正が30分となり、夕食後訂正するとまだ5時台に就寝することとなりました。

5月22日(火)
 今朝はかなり早くに起きてしまったので、6時のヨガ体操の前にパソコン作業もしました。今回は5時50分前に入場している人もいなくなりましたが、列を並んで余分に場所を確保する人もいて、常連の方はちょっと気分を害したようです。栗城さんが5日ぶりにヨガに参加したので、佳奈ちゃんも喜んでいました。栗城さんはサルサ体操に出て、その後朝食を一緒にすることにして、常さんとも解散しました。朝食で自主企画の準備状況と昨日までの経過説明を確認して、栗城さんはスリランカの水先案内人のお話を聞きに行きました。 みんなdeサルサはお休みだったので、常さんと自主企画のプリントを作りました。売店で1000円分のカードを購入しましたが、常さんの持っていた300円のカードの残数14枚と合わせて、14部作成しました。カラープリントが5倍のポイントとなり、1300円のカードの残りが、後、白黒、17枚となりました。
 昼食はパリアッテレ、か 冷麺、か かつ丼ですが、9階のリドデッキを中心に冷麺とパスタのはしごとなりそうです。午後は寄港地情報と航路説明会で忙しくなりそうです。
 90回クルーズの時に一緒したあくね(阿久根・もみ)さんかラインの茨城県人会のグループにラインメールの伝言を頼まれました。主に、原島、佐藤さん宛ですが、別件でNAOさん宛にも依頼されました。スリランカでWIFIが繋がったらアクセスするつもりです。
 夕食時に常さんの同じ部屋の斉藤さんの誕生日だったので、常さんが音頭を取って夕食誕生会を開きました。合わせて11名の参加者でしたが、普段でも誕生会はしていただけないのにうれしかったと本人は感激していました。

5月23日(水)
 スリランカのコロンボに寄港するのですが、21日に急病人が出て遅れが出たのと、海が荒れて到着予定が約3時間以上遅れてしまいました。入港予定が9時から12時に変更になった関係でいくつかのオプショナルツアーが中止、あるいは振替コースとなりました。常さんは前日の斉藤さんの誕生会の2次会に出席をして、4夜遅くまで飲みすぎたようで頭痛がするといって、オプショナルツアーの参加を断念しました。船内のWIFI環境が悪く、100分2100円のITカードを購入して、アクセスするのですが、アイホンとマイクロソフトのPGではやっとつながりますが、ドコモのアンドロイド系では難しい状況でした。そこでAUから提案のあった24時間980円パックを使いました。港に入ったあたりから使えるようになりましたので、常さんのラインを動かして、奥さんと連絡を取りました。その後 私の通信は快適になりましたが、船に戻ってからは回線が遮断されるようになり、通信が困難になりました。
オプショナルツアーは1時ころから始まり、ヒルトンホテルの食堂でスリランカカレーの昼食をいただきました。バスの車窓を楽しみたかったのですが大雨が降ってきて、次のコロンボ国立博物館ではすっかり濡れてしまいました。その次のキャラニア寺院は靴を脱いで裸足で入場しました。車窓から国会議事堂を見ましたが、雨もありあまり感動する場所ではありませんでした。交通状況の悪さに辟易しました。夜遅く10時近くに帰ってくると、常さんが体調がよくなったので3時ころに外出したようですが、あわや恐喝事件に会いそうになったとのことでした。疲れ果てて、11時ころには就寝しました。


5月24日(木)
 寄港日の翌日は「ゆったりディー」ということで、朝のヨガやサルサダンスはお休みでした。
朝食後は麻雀にいそしみ、初心者だというアベちゃんのわれら3銃士でゲームを楽しみました。
昼食をはさんでほかの方と麻雀をして、運動会の青団・緑団の合同交流会に参加しました。常さんや鈴木さんと一緒の組で、検討することを誓い合いました。青団は1月5月12月生まれの方でした。

5月25日(金)
 栗城さんは久しぶりのヨガ参加となりました。通常に健康サルサとみんなでサルサに分かれ昼食度、常さんの自主企画の「きれいにバラをさかせる」を開始しました。ホワイトボードやプリントの準備をしましたが、予想外に大好評で31名の参加となりました。14名分の資料しかなかったので、終了後に常さんが増刷して各部屋に配布しました。配布後に10回フロアーの方の参加もあり、常さんが部屋まで行こうとすると船の乗務員に制御されて、部屋には行けなかったようです。レセプションに預けて、麻雀友達の石川さんの部屋に行くと、花瓶に花が活けられていたようです。次回の講演にバラがあれば活用したいと思っていましたが、生憎とバラはないようでした。プレゼントに虎屋の羊羹をいただいて帰ってきました。次回は後半の2つのテーマで30日に行う予定です。私は、90回クルーズの方々から頼まれて、28日19時から波へいで交流会をすることにしました。28日の新聞に掲載予定です。

5月26日(土)
何時ものように朝のヨガで、恵庭の鈴木さんとお会いして、サルサダンスの後鈴木さんのお部屋でお茶会をすることにしました。サルサダンスにはヨガの佳奈子さんも参加して、初めて踊ったサルサですが、とても上手になったようです。鈴木悦子さんはステップが出来ているのですが、ペアでのサルサは初めてとのことで、特訓をしましたが不安げでした。
昼食後に鈴木悦子さんのお部屋にお邪魔して、おいしいお茶をいただきました。常さんがお菓子を持参していきましたが、結構お菓子も豊富で、全部は受け取っていただけませんでした。
恵庭に15歳まで生活して高校から東京、その他転々としてご主人の退職後にまた恵庭に戻り住んでいるとのことです。一人部屋で冷蔵庫とウォシュレットが装備されているお部屋とのことで、この部屋を選んだとのことです。栗城さんも常さんも驚いていました。
この日も時間調整で前日より1時間遅くなりました。合わせて日本時間と5時間ほど遅くなったようです。



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