2016-11-02

ピースボートの旅第90回クルーザー茨城県人会懇親会

宴会が終わって記念写真
ピースボートの第90回クルーズの茨城県人会(帰国後2回目)が2016年10月29日・30日と国民宿舎鵜の岬で開催されました。
茨城県外からも国民宿舎、鵜の岬に泊まってみたいという方も来られ総勢19名の懇親会となりました。

懇親会では近況紹介や初めて参加された方は自己紹介を含めて今年3月下船以降の近況紹介をしました。







朝食後、鵜の岬の前で記念写真朝食後にホテルの前で

朝食後に国民宿舎鵜の岬の前で、記念写真を撮って、それぞれに車に分乗して、主に北茨城の観光をしました。














野口雨情記念館の石碑
北茨城での見るところは、
野口雨情記念館
、六角堂
、岡倉天心美術館でした。

野口雨情銅像・シャボン玉の歌が聞こえます。

再建された六角堂

岡倉天心のレリーフ



2016-08-28

浅草サンバカーニバルを見に行きました。

ピースボート90回クルーズの仲間たちで、浅草サンバカーニバルを見に行きました。洋上サンバカーニバルでいくつかのサンバチームができてその中のドリーマーズが、浅草サンバカーニバルと前夜祭と懇親会を兼ねてパーテイを開き翌日には浅草サンバカーニバルを見るために、9時に現地集合し車道にシートを張って見学をしました。
26日(金)の前夜祭・懇親会は同じピースボート90クルーザーでサンバ・バテリアチームの奥山さんが新宿ゴールデン街にお店を持っていましたので、ゴールデン街の見学も含めて会場として使わせていただきました。

 新宿ゴールデン街 「O2」(おーつー)でピースボート90のDVD画像を見ながら、5か月ぶりの再会、思い出話に話が尽きませんでした。











        

朝の9時から準備をして、車道にシートを引いて見学準備をしました。

招待チームのロボット食堂館チーム、お金が最もかかっていそうなコスチュームに和風の衣装


ピースボート90のサンバエクササイズの指導者 マーク朋子さんはいつも踊りだしそうでした。

マーク先生にや私達にもエールを送っていただいたダンシングチーム

マーク先生を路上で見かけ、踊りながら先生のもとに駆け寄ってきたダンサー

私達も負けじと観覧席で立ち上がってサンバを踊っています。ドリーマーズ万歳!!

説明を追加



















行進が終わり我々も解散!路地に入って記念写真




2016-04-25

ピースボートの旅90回クルーズ茨城県人会開催

 2016年4月23-24日に第90回ピースボートクルーズの茨城県人会が筑波山の江戸屋旅館開催されました。



 下船後約3週間での集まりでしたが、懐かしさがこみ上げ105日の旅行中の出来事と、その後の近況について語り明かしました。

 茨城県人会の登録者数は23名でしたがそのうち16名が集まり、夕刻7時より懇親会を行い懇親会場を出た後も宿泊室で乗船当時の裏話を含めて懇親を深めました。

翌日は10名のメンバーで筑波山の登山を楽しみました。富士山の登山ガイドをされている久保田友香さんのご指導(ご案内)もあって、全員が無事に登頂することができました。


筑波山は「ガマの油」の口上で有名ですが、舞台はありましたが、弁士はいませんでした。



2016-03-31

ピースボートの旅105日間3月30日で終わりました。

やっと日本に着きました。改めて105日間乗船したオーシャンドリーム号を外から眺めて、あの甲板でサンバを踊ったこととか船首のホールでヨガやサンバのエクササイズを受けたことを懐かしく思い出しました。さよならオーシャンドリーム号・ピースボートの旅です。










2016-03-30

ピ-スボートの旅2016年3月29日(火).30日(水)横浜に到着

2016年3月29日(火)横浜に向けて
いよいよ明日横浜に到着となりました。荷物をまとめてしまったのですることがなく、ただ食事をして会う人ごとにお別れの挨拶をしました。同室の方も一日中寝ていたようです。夜の8時ころからサンバの仲間とのお別れ会となりました。心惜しい方たちですが会うは別れの始まりのようで、いつか別れが来るものだとつくづく思いました。フォークダンスの会の青山さんを囲んで夕食会をしようとしましたが途中で情報が混乱してしまい。参加できませんでした。


2016年3月30日(水)横浜に到着
 ついに横浜港に到着しました。着いた途端に携帯電話やメールがどんどんつながるようになりましたが、写真機や充電機やパソコンなど移動用のバックに整理したため携帯電話が唯一の通信手段となってしまいました。大阪の友達も都内に寄るといっていましたが、疲れ切ったようで明朝早く帰ることとなったようです。到着したら寿司や刺身をと思っていましたが、いざ寿司屋に入って刺身を食べましたが、疲れ切っているのかあまり食用はありませんでした。今晩はゆっくり寝て明日から元の生活に戻られるよう頑張ります。105日の世界一周の旅も終わってしまえば短いものでした。しばらくは余韻を引きずりながら、整理をします。旅行を応援していただいたみなさん無事戻ってきました。すこし舞い上がっているかもしれませんが徐々に体験を内面化していきたいと思っています。しばしの間暖かく見守ってください。ありがとうございました。




2016-03-29

ピースボートの旅2016年3月27日(日)・28日(月)

2016年3月27日(日)横浜に向けて
 ヨガ・サンバ体操などのカルチャースクールも最終回となってきました。ヨガもサンバもこの船に乗ってから体験しました。ヨガは開校しているときはほぼすべて通った気がします。サンバについては当初はあまりやる気はなかったのですが、サンバカーニバルのあたりからバテリア(太鼓)チームに入ったことではまり込んでしまいました。航路説明会で各カルチャースクールの講師のあいさつがありましたが、サンバのマーク朋子さんのスピーチがとても印象に残りました。サンバは格好つけて踊るものですが、それは一人一人違った個性が現れる格好よさは一人一人違っている。というもので現社会でも同じだと思いました。オーシャンドリーム号の計らいで、南鳥島付近を航行することが出来ました。島は平たく小さいものですが、カツオドリが島に住んでいるようで船の周りを遊びまわっていました。夜はフォーマルデイとなっていてシャンペンとジュースが振舞われバンドの生演奏でしたがフォーマルな服装にした割にはあまり交流のできるような状況ではありませんでした。また、フェアウエルデナーでは牛肉のワイン煮込みで結構おいしくいただきました。
パーティもデナーも何を食べるか見るかもありますが、誰と見るかも重要な要素と思えてきました。
先日、ボラボラ島で亡くなった方の追悼式が行われました。100日間も同じ船にいた方が事故で亡くなったとはいえ、何か虚しいものを感じました。



2016年3月28日(月)横浜に向けて
昨日は一日中、WIFIの状況が安定せず日曜ごとに家に連絡するのが出来なくなってしまいました。本日の朝も相変わらず電波状況が悪く連絡が取れないままに日中を過ごしました。ヨガもサンバもなく朝のモーニングコーヒーから朝食、そして荷物整理と何もない日中を過ごしました。同室の鳥博士の須藤さんは「クジラとあほう鳥」を見たといって得意げにしていましたが、残念なことにその時間は荷造りに追われて部屋にいました。ヨガやサンバ・フォークダンスなどの企画が無くなったこともあって、多少気が抜けた感じになってしまいました。夕刻になってゲットやカルチャースクールの講師たちによるパフォーマンスがありましたが、睡魔に襲われ寝ることにしましたが、念のためWIFI接続を試みると強力に接続されましたので、ラインを使って家族との連絡を取りました。約2週間ぶりの連絡になりましたが、送ったお土産はもう食べているとのことで、安心しました。明日29日は荷物の発送になるので身の回り品以外はすべてなくなってしまいます。
実質的に本日が最後の船旅の生活となりました。振り返ると時間と費用も贅沢に使った楽しい旅だったと思っています。送り出してくれた家族と仲間に受け入れてくれた船旅の皆さんに改めて感謝します。


2016-03-27

ピースボートの旅2016年3月26日(土)横浜に向けて

2016年3月26日(土)横浜に向けて

 いよいよこの旅行も終わりとなってきました。
ピースボードが用意したイベントも大仕掛けのものは「リップ・ダブ」だけとなりました。
ヨガ・サンバのカルチャースクールで打ち合わせたように船内のいたるところに各チームごとに集まりノンカットでビデオを回し続けるというものでした。人によってはいくつものチームに入っているので、掛け持ちをしてカメラと一緒に動き回っていました。リハーサルに1時間、本番に約30分かけての撮影でしたが、本番直前に雨が降り出し最終の集合場所を船内の会場に変更するというハプニングとなりました。他のイベントがほとんど終わってしまっているので、多くの方が参加することとなりました。夕刻、数少ないイベントの一つで「元気に長生きするためにースローライフ・幸せ・スローデス」という講演のようなパネルデスカっションのようなものがありましたが、あまりピンと来るものではありませんでした。

2016-03-26

ピースボートの旅2016年3月25日(金)横浜に向けて

2016年3月25日(金)横浜に向けて

 カルチャー企画も残りわずかとなってきました。ヨガ教室では船を降りた後でも続けられる呼吸法やストレッチの方法などの紹介がありました。サンバエクササイズでは昨日のお礼も併せてドリマーズがとても高い評価を受けていました。本日はダンスの部ということでフォークダンスの発表となりました。午前中にリハーサルそして午後に本番というあわただしい発表会となりました。いつものサンバの服装で踊りましたが、明日もリップダブという口パクと流しビデオを合わせたような企画となっていました。午後2時から各会場に集まりカメラが駆け抜けていくというものですが、その下準備に結構時間が割かれました。フォークダンスの発表が終わった後記念写真を撮りました。また、ジュースで乾杯をして100日の交流を名残惜しんでいました。

2016-03-25

ピースボートの旅2016年3月24日(木)横浜に向けて

いよいよ「南でみんなの発表会」当日となりました。
朝のヨガ教室を受講して朝食を取った後、第1部の開始とりました。
舞台の裏に楽器を運び込み、開演前にはバテリア16名が楽器を持って舞台裏に陣取り、踊り隊の約60名が舞台の上に立ち所狭しと整列しました。
大所帯で準備が必要なことからトップバッターとなりましたが、出演者はやる気満々でうまく踊れる方もそうでない方も舞台いっぱいに広がりました。圧巻はサンバエクササイズのマーク朋子先生がオーダーメイドのサンバ衣装に身を包み?テーバックの露出部分の多い背中や頭から羽が出ている衣装で圧倒的な踊りを見せていただいたことでした。
私はバテリアですので後方の隅にいましたので、その晴れ姿は見ることが出来ませんでしたが、観客はもちろん踊り隊のメンバーもその衣装を見て歓声を上げていました。
発表会は私たちのビバサンバ踊り隊を皮切りに朝の9時から夜の9時半まで各チーム10分程度ですが延々と披露していました。
100日にわたる船内生活で学んだことや体験したことの発表ですので、皆さんきらきらとしていました。会場が暗いためうまく写真にとれなかったのですが、ピースボート事務局がビデオを作っているので後日見てみたいと思っています。




2016-03-24

ピースボートの旅2016年3月23日

2016年3月23日(水)横浜に向けて
昨夜19:00頃に、マジュロを出港し一路、横浜を目指すことになりました。最後の出港式ということで後方デッキに集まり、マジュロの港を見送りました。ジャンペンやジュースが提供されデッキの上で踊ったり歌ったり旅の終わりを迎える興奮が会場のデッキを埋めていました。明日は「南でみんなの発表会」ということで、リハーサルが行われました。サンバエクササイズで練習をした後そのままリハーサル会場になだれ込むような感じでしたが、バテリアを含めて総数60名を超える「ビバサンバ踊り隊」は当日のトップになるとのことでした。みんなの発表会は44チームが出場ということで、24日と25日に分けて行われることとなりました。もう一つのフォークダンスは25日となり、連日出場ということになりましたので、本日は最終練習日となりました。


2016-03-23

ピースボートの旅2016年3月20日から22日まで

2016年3月20日(日)タヒチ~マジュロ(3/22)に向けて
 朝からヨガ・楽器練習・サンバエクササイズと忙しく進んできましたが、サンバエクササイズの中でバテリアの音が大きく他の講演の妨げになるとのことで練習が中止となりました。最後の航路説明会があり次の寄港地マジェロと横浜までの経路についての説明でした。マジェロはマーシャル諸島の一つで、ピースボートとしても初めての訪問地とのことでした。ツアーもあるのですが、専門の観光業者もいないとのことで、ツアーバスも現役のスクールバスを活用するとのことでした。ピースボートの説明によれば、このマジュロを訪問する理由は、①気候変動による海面上昇の危機にあって島が沈んでいく可能性があるから。②ビキニ実験など核問題、第二次世界大戦など日本の戦争とかかわりが深いこと。③何もなく観光化されていない島だからこそ。④住む人たちの交流を実現したい。の4つとのことでした。22日は自由に街中を見て回ろうかと思っています。日曜日なので家に連絡しましたが、3時間の時間差はお互いの生活環境に合わせるのにちょうど中途半端な時間となりそうです。今週もまともに連絡が取れませんでした。

2016年3月21日(月)タヒチ~マジュロ(3/22)に向けて
 寄港日前日となってしまいました。何とかサンバエクササイズでバテリア練習ができるようになってきましたが、「南でみんなの発表会」の企画説明会があり、10分以内での発表となりました。振り付けはよいのですが、バテリアの準備や会場づくりが大変のようです。午後から余裕が出てきたので少しだけ、荷物の整理を始めました。かなり持ち込んだのですが使い切れたのは三分の一程度だったような気がします。もし次回の旅があるならもっと手軽な荷物で済むような気がします。

2016年3月22日(火)マジュロに着いた
 朝6:00に入港しました。朝は曇り空でしたが出かけるころは炎天下の猛暑となりました。船から着岸場所を見ると着岸した岸から反対側の海岸までほんの数百メートルくらいしか離れていなく、向こう側の海が見えてしまうようでした。船の先頭側は島の右側となるのですがここも数キロ行くと行き止まりとなるようです。船の後尾の左側に町があるようですが、10の島々を橋で繋げたとのことで全長48キロメートルの大きな島となったようですが、幅の狭い島で端から端まで一本の道路でつながっているとのことでした。暑いこともあり、10時ころに出発をしましたが、近くの海岸で水遊びをして、スーパーマーケットでキャンディのソフトドリンクを買って大急ぎで帰ってきました。船の中で、島の高校生や伝統舞踊を披露する交流があり、「こんにちは・ありがとう」など日本語が結構飛び交っていました。私は覚えたての折り紙を提供しましたが、なかなか高校生の興味はひかなかったようでした。



2016-03-21

ピースボートの旅の写真イースター島と音楽祭

しばらくWIFIの調子が悪く映像が送れませんでした。イースター島でモアイを手に載せた写真と
最近の洋上音楽祭の写真を掲載します。もう一つタヒチのボラボラ島で滝を手にした男になりました。どの写真も最高の思い出の一つです。